自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター:Center for Suicide Prevention and Survivor Support

TOPICS

自殺予防のためのゲートキーパー育成
-つらい気持ちを安心して表出できる社会を実現するために-

自殺予防のためのゲートキーパー(以下、「GK」と略す。)の養成は、国の重要な施策のひとつとして、自殺総合対策大綱に掲げられてきた。筆者らの全国1,788自治体を対象にした調査によると、平成28年度にGK研修を実施した自治体は、都道府県は92.7%、政令指定都市は94.7%、区市町村は50.2%に上る※1)。このようにGKの人材養成が促進されている一方、課題として浮かび上がってきたのは、実施されている研修の内容と方法のばらつきや、研修効果の評価だ。これらの課題に対処するため、ゲートキーパー研修の標準化を試みるとともに、研修効果を測定する指標(『自殺予防ゲートキーパー知識・スキル評価尺度』)を開発し普及に努めてきた※2)。
その中で、ソーシャルワークを専門とする筆者が、ソーシャルワーカーを対象にGK研修を実施すると、受講者は、自殺予防に何か特別な専門性が求められるわけではないことに気づく。しかし、課題は、研修を受けても、クライエントに自殺念慮を確認することへの抵抗感を拭えない受講者が多いことだ。そこで、自殺のリスクアセスメントに対する抵抗を少しでも小さくするために、安全で簡便な自殺リスク評価ツールを開発する必要があると考えた。
自殺リスクを評価する指標は既にいくつか存在していたが、若年層を対象に、臨床現場で簡便に使用できるツールがなかった。そこで筆者らが作成したのが、米国精神保健研究所で開発されたAsk Suicide-Screening Questions(ASQ)の日本語版である。その実施可能性は、大学医学部小児科小児・思春期心身症外来を初診で受診した8-19歳の25名の患児を対称に検討した※3)。その結果、患児が自殺念慮を表出していなかったり、抑うつ症状が確認されていなかったりした場合でも、自殺リスク評価を導入することの重要性が示唆された。米国では、同ツールの対象を成人にも拡大し、臨床現場への導入が進みつつある。一方、日本においては、日本語版ASQの更なるバリデーション(信頼性・妥当性等の検証)や対象層の拡大が課題として残されている。日本においてもASQが普及することで、リスクアセスメントへの恐怖心や不安が少しでも緩和され、対人援助職の立場にあるGKがより一層活躍できるのではないか。
無論、自殺のリスクアセスメントには、自殺念慮や自殺の計画の確認だけでなく、自殺を考えるに至った身体的・心理的・社会的要因に目を向けた包括的なアセスメントが必要である。更に大切なのは、自殺や関連する要因に対する差別や偏見を低減し、‟死にたい”(と考えるほどつらい)気持ちを安心して表出できる社会を実現することだ。誰もがSOSの発信者にも受信者にもなる可能性がある。どちらにとって安全と感じられる環境を整えるためには、その着眼点に立つ人をひとりでも増やす施策が第一歩になる。

武蔵野大学人間科学部教授/CSPSS理事
 小高真美

※1)小高真美, 高井美智子, 太刀川弘和,ほか(2020)『自治体における自殺予防のためのゲートキーパー研修の実施と評価に関する実態調査』厚生の指標, 67(5), 27-32.
※2)小高真美, 高井美智子, 立森久照ほか(2022)『自殺予防ゲートキーパーとして最小限求められる知識やスキルの検討とその評価尺度「自殺予防ゲートキーパー知識・スキル評価尺度(Suicide Prevention Gatekeeper Knowledge and Skills Assessment Scale (GKS))」の開発 』自殺予防と危機介入, 42(1), 36-46.
※3)Kodaka M, Nagamitsu S, DeVylder J (2023) A Japanese Version of the Ask Suicide-Screening Questions (ASQ) Instrument. Journal of Suicidolgy, 18(1) , 449-455.


地域の自殺対策の構築の意味を考える

わが国の自殺対策の指針である自殺総合対策大綱は、2022年10月に三度目の見直しが行われました。各地方自治体においても、自殺総合対策大綱の見直しを踏まえて、今後、自殺対策計画の見直しに向けた動きが活発化してくるものと思われます。
このためCSPSSでは、令和4年10月に「自殺対策の計画と地域におけるネットワークづくり-精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築との連携の推進を視野に-」を開催しました。
この研修では「地域の実情に即した自殺対策の工夫を自分たちで考えられるようになること」「自殺対策と精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築の連携の視点を得ること」を目標に据えました。
はじめに自殺対策の策定において求められるデータ分析に関して、自殺の疫学・統計の考え方の基礎と、実際の対策にデータ分析結果をどのように活用するか学びました。つぎに自殺対策と精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築のつながりについて学びました。
そして後半のグループワークでは、各参加者同士で自殺対策計画の推進に向けた地域の様々な課題を共有しました。
講義に加えて参加者同士で互いの実践を共有する時間をつくり、自殺対策の構築が本質的にどのような意味を持つのかについて共に考える時間を持ちました。地域の自殺対策をテーマにした研修は令和5年度も開催します。ぜひご参加ください。

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター

地域の自殺対策の構築の意味を考える

わが国の自殺対策の指針である自殺総合対策大綱は、2022年の夏に三度目の見直しが予定されています。各地方自治体においても、自殺総合対策大綱の見直しを踏まえて、今後、自殺対策計画の見直しに向けた動きが活発化してくるものと思われます。
このためCSPSSでは、本年度研修として「自殺対策の計画と地域におけるネットワークづくり-精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築との連携の推進を視野に-」を開催することとしました。
この研修では「地域の実情に即した自殺対策の工夫を自分たちで考えられるようになること」「自殺対策と精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築の連携の視点を得ること」を目標に据えます。
はじめに自殺対策の策定において求められるデータ分析に関して、自殺の疫学・統計の考え方の基礎を学ぶとともに、実際の対策にデータ分析結果をどのように活用していくのかについても理解を深めます。つぎに自殺対策と精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築のつながりについて理解します。
そして後半のグループワークでは、各参加者同士で自殺対策計画の推進に向けた地域の様々な課題を共有するとともに、前半の講義を踏まえた各自治体の今後の取り組みについて話し合い、各自治体の多様な取組みに触れます。
講義に加えて参加者同士で互いの実践を共有する時間をつくり、自殺対策の構築が本質的にどのような意味を持つのかについて共に考える時間を持つこととします。
ぜひご参加ください。開催案内はこちら

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター

今、自殺対策に何が必要か

1月下旬に研究者や実務家数名が参加し、新型コロナウイルス感染拡大と自殺についてのウエブによる意見交換を行った。わが国における感染拡大の第1波では自殺死亡は減少(Anzaiほか、2021)、第2波では女性や若者などで増加(Tanakaほか、2021)したとの研究報告が共有された。また救命救急の現場では自殺未遂による救急搬送が増加しているとの報告があった。2020年の緊急事態宣言中に実施されたこころの健康に関する意識調査からは、市民のこころの健康状態が悪化していることが示された。

これらの情報をもとに、今、自殺対策に何が必要か話し合った。わが国における女性の自殺死亡率の高さや、若者の自殺死亡率がなかなか減少しないことはこれまでも指摘されてきた課題であるが、新型コロナウイルス感染拡大の中で、リスクをかかえた人がより孤立しやすくなっているとの意見があった。また、女性や若者の自殺が、メディアによって繰り返し発信されていく状況は、自殺の連鎖を生みやすくするとの意見があった。そして、The Lancet Psychiatryに掲載されたコメント「COVID-19の世界的流行にともなう自殺リスクの軽減のための公衆衛生的対応」は、自殺対策のターゲットと方法を明確にするうえでよいヒントになるとの紹介があり、新型コロナウイルス感染拡大と自殺について学際的な研究集会を開催することの必要性が共有された。

1998年の自殺者急増以降、すでに20年以上が経過した。この間、わが国の自殺対策の裾野は着実に広がり、対策に関わる人や関連する情報も増加した。これはひとつの発展であるが、情報が画一化され、地域の実状に応じて細やかに自殺対策を組み立てていく過程が失われていると感じることも増えた。今後の地域の自殺対策を発展させていくためには、自殺対策の基本を学ぶとともに、多様な意見を取り入れながら、自分たちの地域の対策を考える機会が必要である。

自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター(CSPSS)では、地域における自殺対策についての基礎を参加者と共有するための研修を実施していきます。その第1回目として、自殺対策強化月間に合わせ、現下の課題である新型コロナウイルス感染拡大下の自殺予防・自死遺族支援についても話し合うとともに、自殺対策の基本を見直す研修を企画しました。ぜひご参加ください。
第1回オンライン研修会「今、自殺対策に何が必要か」

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター

自殺対策の決定プロセスの透明性・公平性を求めます

平成27年1月に閣議決定された「内閣官房及び内閣府の業務の見直しについて」により、自殺対策の推進業務は厚生労働省へ移管されました。
そして平成28年4月に厚生労働省に自殺対策推進室が設置され、厚生労働大臣を長とする「自殺対策推進本部」が関連施策の有機的連携を図り、省内横断的に取り組んでいくこととなりました。
その後、国立精神・神経医療研究センターにあった自殺予防総合対策センターは、自殺総合対策推進センターに改組されました。これを機に、人口動態統計を利用した自殺の疫学研究や自殺の心理学的剖検研究は、成果を挙げていたにもかかわらず中止されました。

令和元年6月には「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等に関する法律」が議員立法により制定されました。
この法律は、一般社団法人または一般財団法人を、全国一個に限って「指定調査研究等法人」(以下「指定法人」)に指定し、この法人が自殺対策の調査研究、情報発信、地方公共団体の援助、研修等に当たるとしています。
指定法人となったのは民間の一団体をもとにつくられた一般社団法人であり、関連諸団体との連携、学術的に精査された調査研究、それらに基づく研修等を実施するための必要十分な人材が配置されているか疑義が残ります。誰がこの法律を必要としたのでしょうか。

私たちは新型コロナウイルスの世界的流行等の影響により、自殺の増加が懸念される中で、民間の一団体として自殺予防と自死遺族支援に取り組んでいます。その立場から、自殺の実態分析や、自殺対策の最前線にいる人々に役立つ調査研究、人材育成の衰退を危惧しています。
私たちは自殺対策の透明性・公平性を確保し、科学的かつ総合的な自殺対策が推進されていくことを望んでいます。厚生労働省及び関係者には、自殺対策が移管されて以降の自殺対策の決定プロセスを開示すること、および今後の決定プロセスの透明性・公平性を確保することを求めます。

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター
理事長 田中幸子
(一般社団法人 全国自死遺族連絡会代表理事)

危機のときだからこそ、一人一人の尊厳を大切にしたい
~新型コロナウイルスに追い込まれない社会へ

新型コロナウイルス感染拡大によって4月7日に発せられた緊急事態宣言も解除され、感染予防のための新しい生活様式を取り入れた日常が戻りつつあります。この間、医療の現場で戦ってきた方々、市民の生活維持のために働いてくださってきた方々に感謝します。
経済活動も再開しつつありますが、社会への影響はこれまでにないほど大きく、苦境に陥った人が増えています。そして、これからの未来を背負う若者達も苦境の中で必死に戦っています。このような状況だからこそ、苦境に陥った人が、仲間や支援者と出会い、新たな連帯をつくる工夫が求められます。
しかしながら、メディアの報道には、史上最悪の伝染病というイメージを植え付け、人々の不安や恐怖をあおるものも少なくありません。感染力が強く、遺族はお骨を拾うことさえできないという報道に恐怖を感じている人もいるのです。それが「自粛警察」と呼ばれる活動や差別的言動につながっていると感じます。自死にまつわる報道や情報に関しても、気がかりなものが散見されます。こうした状況では、人々は、経済的にも社会的にも、個に分断され、追い込まれていくでしょう。孤立した人には、支援の手も届きにくくなります。メディアには、一人ひとりの声をていねいに聞き取り、新たな連帯に向かえるメッセージを発することを意識してほしいと思います。
また、支援の提供が単なる押し付けや強制となってしまっては、かえって孤立する人を増やし、社会の分断を招くことになりかねません。支援を必要としている人を「弱者」や「貧困」と一まとめにして扱うことも、人間の尊厳を傷つけ、相談窓口から足を遠ざけさせることになります。日本国憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあります。支援の根底には、この意識と認識が必要です。すなわち、どんなに厳しい状況にある人も、弱者として哀れまれたり、一方的に支援される存在に貶められたりしてはなりません。人間の尊厳を認められ、人として尊重されなければならないのです。
自死の問題に深く関わってきた組織や団体は、緊急事態宣言中も「3密」を避けながら、工夫して、制度利用の手続き支援などの相談会を開催してきました。自殺対策基本法ができて15年、活動の中で蓄積されたノウハウが役立ったのです。
一方で、支援方法の選択や説明に配慮を欠いて相談してくださった方の心情を傷つけてしまうような事例、支援のアナウンスの方法に配慮を欠き、かえって自死を誘発してしまうのではないかと懸念される事例も見受けられます。すべての団体、支援者において、改善すべき課題と考えています。
私たち「自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター」(CSPSS)は、全国各地で活動をしている仲間が、これまでと同じように支え合い、支援を続けていけるように、多様な組織団体と連携し、力を尽くしていきます。
危機のときだからこそ、これまで以上に、苦境に陥った人の声を聞き、支援の隙間からこぼれ落ちそうな人たちに声をかけ、希望をもってもらえるような活動を丁寧に続けていきます。
ひとつでも多くのいのちが、未来を開いていけるように。
喪われたいのちが生かされるようにと願って。

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター
理事長 田中幸子
(一般社団法人 全国自死遺族連絡会代表理事)

法人設立にあたって

2005年11月、宮城県の警察官だった34歳の息子を亡くして半年後に活動を開始して14年、自殺対策基本法の歩みと共に自死遺族として生きてきました。
この間、わが国の自殺対策は急速に発展してきました。その一方で自死の要因が多様であることから、様々な論点が同時に浮上し、自死の対策のあり方などについて意見の対立が起こりがちな状態が続いてきました。
WHO(世界保健機関)は健康について「健康とは病気ではないとか、弱っていないということではなく、身体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態であること」と定義しています(日本WHO協会訳を一部改編)。
自死の対策にも、身体的、精神的、社会的の全ての観点が必要です。
自殺予防はみんなの仕事(suicide prevention is everybody’s business)という言葉があります。これからの自殺対策の発展には、それぞれの考え方、実践や調査研究から学び合う風土づくりが必要です。
その中で、自死遺族の当事者団体が協働することはきわめて重要です。失われたいのちの声を聞き取って自死の予防や防止、そして追い込まれている人たちの支援をする対策に反映させることが不可欠です。
亡き人のいのちを中心にして、それぞれが知恵を出し合い、国ができること、地方自治体ができること、さまざまな専門家集団や民間団体のできることを話し合う機会をつくるため、そして生きづらさを抱えた当事者や多種多様な人たちとのゆるやかな、しかし確かなつながりで「人にやさしい社会」を実現するため、本法人を設立しました。
専門家、自死遺族が共に、亡き人たちの声を聞き、遺された人たちの悲しみと苦しみの中から、自殺予防と自死遺族支援の提言が行われ、実のある研修が実施され、調査研究が積み重ねられ、将来、日本において「追い詰められた死」としての自死がゼロになるための礎になることを願い、研鑽し続けることを誓います。
この国に生まれてよかったと思える日本を目指してご一緒に歩んでいけたらありがたいことです。
皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

一般社団法人 自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター
理事長 田中幸子
(一般社団法人 全国自死遺族連絡会代表理事)